卒業記念と父の思い出
小学校卒業式の数日前、
父に連れられて日本橋三越のオルゴールショップへ行った。
父は私の卒業記念にオルゴールを買おうと決めていたようだった。
ガラスケースの中に並ぶオルゴールはどれも綺麗だったが、
当時の私はオルゴールを欲しいとは思っていなかった。
そもそも、父はちょくちょく小さい私を連れて上野や銀座へ出かけたが、
私がついていったのは、一緒に行くと食べさせてもらえるデパートのチョコレートパフェや、不二家のホットケーキや、鮨や、うなぎの蒲焼といった餌につられていただけだった。
父との思い出で多くあるのは、毎年のように出かけた日展だった。
毎年繰り返して見ると、子供ながらに誰の作品か覚えてしまった。
今でこそそれは作家のスタイル(様式)だからねー、と言えるのだが、当時の私はすでに飽きていて、いつも見るのは作品の隙間にある都美館の壁や、木で出来た階段や廊下の肌だった。
壷の並ぶ部屋では何歩で向こうの壁に届くか数えていた。
作品を見ずに間の空間を見ていたとは我ながらイカスじゃんと思うのだが、書の部屋で父が何気なく言った「書はね、墨の部分だけじゃなくて白い地の空間が大事なんだよ」という言葉を何かの呪文のように聞き入れてしまったのかもしれない。
うわ、めっちゃ話が逸れまくったし、面白くもない話ですいませんだが、要するに、子供の頃、長屋門のある家に住んでいた父は、夜逃げをして深川の長屋に住んじゃった没落一家だったので、自分がやりたかった事を子供の私に見せたかったのかも知れない。
ところが生まれついてビンボーだった私はそんな父の趣味には興味がなかったという訳だった。
花より団子、オルゴールよりパフェだった。
やっと話が戻りオルゴールのショーケースの前であります。
父が選んだオルゴールは木で出来ていて、私には鎌倉のお土産の木目込み細工と変わらないように見えた。
その上オルゴールの機械の上にはガラスの蓋がしてあって手でさわることが出来なかった。
私は人造真珠が取っ手になった、銀色のロココ調の彫りが入り、中の布の蓋をとるとオルゴールのムーブメントを触りまくれる方が気に入った。
それでもフォルムは一応ハート型ではなく四角い基本形にして、気持ちは買ってくれる父へ歩み寄った。
今でもちゃっちいオルゴールの蓋を開けると、父の少し悲しそうな微笑が目に浮かぶ。
ってなふうに、亡き父の思い出は美化されていくのですね。
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