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2008年11月

2008年11月27日 (木)

色石礼賛

今日は色石の展示会に行きました。

ある方が、スリランカのご自分の鉱山で採れた色石のルース(裸石)を見せてくださいました。

ルビー、サファイア、スタールビー、スターサファイア、アレキサンドリア、クリソべリル、#$%・・・・・色々覚えきれないほどの名前のついた色石。

全ての石は磨いただけで、熱処理や薬品コーティングやトリートメントをしていません。

一つずつの石が全て色が違うし、形も違う。

デパートにある石は同じ色の石が綺麗に揃って飾られています。

昔はくず石とされていたものでもレンジに入れて熱を加えると、今や自由に色を操作して美しい色を出せるのです。

考え方によっては、全ての石が元々地球のマグマの熱で変色した訳だし、合成した石ではないので宝石に違いはないんだけど。

手を加えている気がしてしまう。

実際、日本でも、天然石を「未加工」と(むしろ不思議な名前で)呼ぶ。

そして天然の石は本来持っている色を最大限生かすように研磨されるので、石紋(人の指紋のように自然にあるもの)が残っていたり、インクルージョン(内包物)があったりして、均一の質にはなりにくい。

そう考えると、おそろいの色石を見つけるのって奇跡のようなんだ・・・。

昔の宝石がこういったひとつひとつ違う宝石から似たものを揃えて、首飾りにされたのかと思うと軽く眩暈がしました。

今の時代に、そんな石を目の当たりにした時の感想。

不思議な気持ち。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人の言葉。

「Gift」

たしかに。

自然からの。

神からの(かな?)

この gifted な友人からもっと沢山の言葉を聞きました。

機会があったら聞きかじったその言葉 (詩?) を書いてみたいなあ。

2008年11月25日 (火)

山に

Nsc_001

山で出会ったもの。

はっぱじゃないよ

かえるだ・・・・・

2008年11月15日 (土)

こなつ

我が家の犬、こなつです。大好きな大好きな家族の一員。

母親の名前が「なつ」なので、「こなつ」。

大学時代からの親友柳田久実さんの家から我が家に来ました。

兄弟の名前はそれぞれ「こたろう」と「はる」。

ゴールデン・レトリバーは垂れ耳なので耳が蒸れやすく、いつも気にかけているのですが、左耳にばい菌が入り腫れてしまいました。

今日は獣医さんで耳に傷をつけて膿を出し、注射を受けました。

動物は自分から言わないので、飼い主が気にかけなきゃいけないのに、ごめん。

そんなわけで、いつもは超機嫌が良いのに、今日は少し元気の無いこなつ。

ほんと、すまんのう。

2008年11月13日 (木)

ながくてアートフェスティバルその4

つぎは染織の工房と教室の欅舎さん。

名都美術館から徒歩5分。大通りから一本入ったら静かな住宅地。

わかるかなと思ったが、近くに行くと可愛い緑色の家と欅舎の看板が目に飛び込んできた。

こじんまりした可愛い玄関から中にお邪魔すると、穏やかな声の女性と色とりどりのマフラーが出迎えてくれた。

ふと部屋の奥に目を移すと、整然と織り機が並ぶ工房が・・・・。

わーっと思わず奥の部屋にお邪魔すると、もっと声を上げたくなる光景が待っていた。

天井から隙間なく吊り下げられた手染めの糸の束、また束。その数、色とも「ハンパない」

糸を染め、布を織りながら、その染めた糸を保管する為に思いついて天井に吊るし始めたのだそう。

20年以上という月日の中で染められた糸は工房の天井を全て覆っていて、上を向くと色とりどりに美しい、柔らかい天井だった。

使い込まれた織り機や染めに使う水場は人肌のように馴染んだ温かさがあった。

ここで織られた布たちは今も、色々なところで色々な人たちに使われているのだろうなあ。

少しずつ少しずつ長くなって布になる。出来上がって織り機から外されて、また新しい布が少しずつ少しずつ織られていく。淡々と続くように見える手織りの中に、いつも何かが織り込まれていくんだろう。

どんなものが織り込まれているのですか?

絵も描かれるという欅舎さん。この糸達のように沢山の色の絵の具が乗せられた、温かな絵なのかな。

2008年11月12日 (水)

ながくてアートフェスティバルその3

さて次はご夫婦共に画家のお住まいアトリエ・パルチャへ。

この一帯は昔からの大きな民家が建ち並び、その中に若い世代の建て替えらしい洋館がぽつぽつ増えてきている、長久手の歴史を感じる住宅地。

ご夫婦というか仲の良い友達といった印象の赤塚夫妻は、大きな古い民家を住居、アトリエ、絵画教室になさっている。

古い日本家屋や塗り重ねたペンキにある温かみの中に、油絵のモチーフらしい洋風のガラスや金属や土物が深い色を持ち、教室の子供達が作ったり描いた作品が明るい色彩で貼られている様子の絵画教室にのんびり猫が歩いていて、懐かしくて優しい気持ちになりました。

でも優しいだけではないある種の空気。

奥様の赤塚雅代さんの作品の持つ空気感や木版の肌触り。

多彩で明るく美しい色彩の下に重層的な深みを感じる赤塚一三氏の作品の空気感。

その赤塚氏はすぐ今月末に控えた個展の作品をアトリエで制作されていた。

ながくてアートフェスティバルの嬉しいところは、こういった普段なかなか拝見できない作家のアトリエやご自宅を気楽に訪問出来ちゃうところだが、それはひるがえると本当に作家ご自身のご好意あってなのだ、とあらためて感じた。

2008年11月10日 (月)

ながくてアートフェスティバル その2

たいようの杜を後にして、次に名都美術館へ行った。

ここは長久手の宝のひとつだと思う。

開催中の展覧会は以下のとおり。

<特別展> ~美の大饗宴~ 美人画の三巨匠
   上村松園 鏑木清方 伊東深水展

私は今まで美人に興味が無かったせいか、美人画にもあまり興味が無かったが、

とっても色気のあるものだった。

日本画に脈々と流れる、品格のある色気。

固有名詞ではない「女性」の、これまた「着物」の持つ「色気」。

「色」ってある意味こういうことだったんだー。と一人合点。

伊東深水 「指」 

絵の全体は暗くなってきた夜の色だ。

私は、夏の宵にぼんやり浮かび上がった女性にひきつけられる。

葵の咲く庭の縁台にひとり腰掛けている女性は、黒い絽の着物を着ている。

この美しい女性は自分の指を見ている。

少しうつむいた日本髪の前髷に円く光る漆の金の櫛。

結った髪が少しほつれている。

髪に結んだ手絡の藤色がちらっと見えて、この色はそうか、どなたかの奥方?

黒い塗り下駄にそっと置かれた白い足にひときわ青い鼻緒が、宵少し涼しくなったと感じる。

いよいよ気にはなっていたけれど、失礼かと思っていた着物から透ける素肌に目を移す。

赤い腰巻の紐がきりっとしてこの方の貞淑さを感じる。

しかし太腿にはやさしい温かみがある。

この絵は、描いた男性の目を通して女神が描かれている。

手の届かない美だ。

なのにその女神は微かに微笑んで、左手の薬指あたりを見ている。

画家の不安と歓喜の綱引き。

なんちゃってああ、また勝手な妄想をしてしまった。

(伊東深水 「指」 英題 The Wedding Ring )

ながくてアートフェスティバル

11月1日~9日まで、長久手町でながくてアートフェスティバルが開かれていてる。

長久手町にある美術館、画廊がこの時期にいっせいに関係しあって展覧会をしたり、普段見られない作家のアトリエも開放されるというイベントウィークだ。

今日は最終日なので、一気に廻った。

一番行きたかった「菩提樹」は私がカレンダーを見忘れて、終了していて残念だった。

菩提樹の主宰、大島千佳さんは世紀末から20世紀初頭のウィーンの魅力をいつも教えてくださる人。

カフェにあるウィーン工房の椅子やアール・デコのピアノ、蔵書、空気感。「菩提樹」は訪れる度に「出会い」をくれる。

音楽が基本コンセプトのギャラリーで、カフェ・コンサートも開かれる場所なのに、普段音楽(いわゆるBGM)が流れていない。

その静けさにかえって音のイメージが広がる場所だ。

そこに行けない時は菩提樹のブログでウィーンに思いを馳せることも出来るけど、せっかくのアートフェスティバル。どじな私だ。

まあ、しょうがない。

気を取り直してたいようの杜へ。

ここの特別養護老人ホームでは加藤浩美さんの参加型展示。

去年は白い紙を蛇腹に折ってつなげる有機的な展示だったが、今回は来た人が絵馬を描いて吊るす、コミュニケーションを感じる展示だった。

私が行ったときは車椅子に乗ってらっしゃる高齢のご婦人がホームのスタッフの方と話しながら絵馬に絵を描いていた。

真ん中のテーブルには幼稚園児位の男の子が一人、不思議なマークのように漢字をアレンジした絵文字を描いていた。会という字を横に3つ繋げて山の遠景のようにも見えて楽しかった。

少年は出来上がった絵馬を吊るして、畳に肩肘ついて寝転んで上を見上げ、ひと仕事終えた余韻をたのしんでいた。

加藤さんの作品は、老人ホームという特別な場所に、家族が居間に何かのイベントで飾り付けをしたような家庭的な雰囲気を作り出し、特別な場所だと思っていたのは「私」だったのだと気付かせてくれた。

2008年11月 4日 (火)

稲刈り

雨の日曜日、道路沿いの小さな田んぼで稲刈り。

049_3 

隣の道路が工事中で慌しい中、合羽を着た数人で稲を刈り、藁でまとめる。

脱穀その他、大事でたいへんな作業を近所の農家、近藤農産にお願いしているので続けることができている。

本当にお米って一人で作ることが出来ないなあ。

っていうか一人の人間を作るのだって一人じゃ作れない。

一人って何?

頭がすらすら回らないので、ゆっくり考えよう。

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