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2016年2月26日 (金)

memo

あふこと [Adhere]

 

日本の表装は部屋に合わせて何度でも張り替えることを基準に接着されている。

何かをつけるとき、はがしかたを考える。

良くくっつく事だけが良いのではなく、良く離れること。

表装の接着は繊細で精妙だ。

接着と剥離は同じ源泉から来ている。

会うことは別れること。

 Nor time nor place 
Did then adhere, and yet you would make both:

時もよし場所もよし、二つの条件が揃った今になって、マクベス 第一幕(シェイクスピア)


白居易「和夢遊春詩」

惜君夢遊春,夢遊仙山曲。
怳若有所遇,似愜平生欲。
因尋菖蒲水,漸入桃花谷。
到一紅樓家,愛之看不足。
池流渡清泚,草嫩蹋綠蓐。
門柳闇全低,簷櫻紅半熟。
轉行深深院,過盡重重屋。
烏龍臥不驚,青鳥飛相逐。
漸聞玉珮響,始辨珠履躅。
遙見窗下人,娉婷十五六。
霞光抱明月,蓮豔開初旭。
縹緲雲雨仙,氛氳蘭麝馥。
風流薄梳洗,時世寬妝束。
袖軟異文綾,裾輕單絲穀。
裙腰銀線壓,梳掌金筐蹙。
帶襭紫蒲萄,褲花紅石竹。
凝情都未語,付意微相矚。
眉斂遠山青,鬟低片雲綠。
帳牽翡翠帶,被解鴛鴦襆。
秀色似堪餐,穠華如可掬。
半卷錦頭席,斜鋪繡腰褥。
朱脣素指勻,粉汗紅綿撲。
心驚睡易覺,夢斷魂難續。
籠委獨棲禽,劍分連理木。
存誠期有感,誓志貞無黷。
京洛八九春,未曾花裡宿。
壯年徒自棄,佳會應無復。
鶯歌不重聞,鳳兆從茲卜。
韋門女清貴,裴氏甥賢淑。
羅扇夾花燈,金鞍攢繡轂。
既傾南國貌,遂坦東床腹。
劉阮心漸忘,潘楊意方睦。
新修履信第,初食尚書祿。
九醞備聖賢,八珍窮水陸。
秦家重蕭史,輔憐衛叔
朝饌饋獨盤,夜醪傾百斛。
親賓盛輝赫,妓樂紛曄煜。
宿醉才解酲,朝歡俄枕麴。
飲過君子爭,令甚將軍酷。
酩酊歌鷓鴣,顛狂舞鴝鵒。
月流春夜短,日下秋天速。
謝傅隙過駒,蕭娘風燭。
全凋蕣花折,半死梧桐禿。
闇鏡對孤鶯,哀弦留寡鵠。
淒淒隔幽顯,冉冉移寒燠。
萬事此時休,百身何處贖。
提攜小兒女,將領舊姻族。
再入朱門行,一傍青樓哭。
櫪空無馬,水涸失池鶩
搖落廢井梧,荒涼故籬菊。
莓苔上几閣,塵土生琴筑。
舞榭綴蠨蛸,歌梁聚蝙蝠。
嫁分紅粉妾,賣散蒼頭僕。
門客思徬徨,家人泣咿噢。
心期正蕭索,宦序任拘跼。
懷策入崤函,驅車辭郟
逢時念既濟,聚學思大畜。
端詳筮仕蓍,磨拭穿楊鏃。
始從讎校職,首中賢良目。
一拔侍瑤墀,再升紆繡服。
誓酬君王寵,願使朝廷肅。
密勿奏封章,清明操憲牘。
鷹韝中病下,豸角當邪觸。
糾謬東周,申冤動南蜀。
危言詆閽寺,直氣忤鈞軸。
不忍曲作鉤,乍能折為玉。
捫心無愧畏,騰口有謗讟。
只要明是非,何曾虞禍福。
車摧太行路,劍落酆城獄。
襄漢問修途,荊蠻指殊俗。
謫為江府掾,遣事荊州牧。
趨走謁麾幢,喧煩視鞭朴。
簿書常自領,縲囚每親鞫。
竟日坐官曹,經旬曠休沐。
宅荒渚宮草,馬瘦畬田粟。
薄俸等涓毫,微官同桎梏。
月中照形影,天際辭骨肉。
鶴病翅羽垂,獸窮爪牙縮。
行看鬚間白,誰勸杯中綠。
時傷大野麟,命問長沙鵬。
夏梅山雨漬,秋瘴雲毒。
巴水白茫茫,楚山青簇簇。
吟君七十韻,是我心所蓄。
既去誠莫追,將來幸前勗。
欲除憂惱病,當取禪經讀。
須悟事皆空,無令念將屬。
請思遊春夢,此夢何閃倏。
豔色即空花,浮生乃焦穀。
良姻在嘉偶,頃剋為單獨。
入仕欲榮身,須臾成黜辱。


合者離之始,樂兮憂所伏。


愁恨僧祗長,歡榮那促
覺悟因傍,迷執由當局
膏明誘闇蛾,陽焱奔癡鹿。
貪為苦聚落,愛是悲林麓。
水蕩無明波,輪迴死生輻。
塵應甘露灑,垢待醍醐浴。
障要智燈燒,魔須慧刀戮。
外熏性易染,戰心難衄

法句與心王,期君日三復。

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(memo)

art

【名詞】

一芸, 技術, 人工, 美術

 

       
 

印欧語

 
 

ar-

 
 

ぴったり合う合わせることを表す印欧語 1.道具上腕alarm, arm,arm, army)。 2.関節結合harmony, article)。 3.芸術技能art,inert)。 4.順番順序order)。 5.飾る引き立てるadorn, ornament)。 6.考察する確証するrate, reason)。 7.忠告すること(read)。

 

http://hidic.u-aizu.ac.jp/
参照

2015年9月10日 (木)

掛け軸の奥行(表具の力)

今まで見逃していたすごい力を目撃しました。

「表具師」という職人の力です。
1889年、東京美術学校が開校された当初からあった科は「日本画」「木彫」「彫金」でした。1899年に「西洋画」「図案」が、1899年に塑造科が出来ました。
「彫金」というと今はジュエリーや表面の金属装飾という印象ですが、明治の彫金師は装剣金工の仕上げまでを仕切るアートディレクターでもありました。
仕上げて施主に渡すということは、刀剣の由緒や形はもちろん、持ち主の嗜好やそれを置く場所、全てを考えて意匠を施す必要があったからです。
そんな伝統的な形でアートディレクションを続けているのが表具師さんだったと、ある職人さんの仕事を拝見して気が付きました。
本物の和紙を知るようになってから、折々に伝統的な仕事を続けている方達に会えるようになりました。其々に技術がつながっているからです。
日本の湿気にも伸びにくい掛け軸の裏打ち用の和紙を昔通りに表装出来る職人さんは少なくなったそうです。
今の私達が美術作品を作る場合、制作の最初から展示までを自分の作品として責任持ちたいと思いますが、それとは少し違うのが表具の世界です。
掛け軸や表具、襖絵など伝統的な日本の絵画は持ち主やその場所(茶室等)によって何度も作り直される事を前提とされてきました。
書家の書いた作品は持ち主の好みや場所に合わせて表装されます。
場所に合わせて、真、行、草とある程度の決まりはありますが、素材や色柄は限りなく、屏風に散らした和歌などの配置は表具師の腕にかかっています。



その日拝見した数点は全て一人の表具師さんの仕事でした。
藍に染められた紙に金泥の般若心経の格式のある表装。まったく捩じれなくしっとりと落ちて、ずばり真の真の掛け軸でした。
「野点」という名の作品は野の草と和歌が描かれた切が散らされた二曲屏風。変形風炉先。散らしのバランスを見て唸りたい気持ちになりました。ちいさな其々は天日干し和紙なので色が微妙に違い、絵柄も、歌の文字バランスも皆違います。それを優しい野点という題名にぴったりに散らしてありました。そしてほっそりした枠の朱色。国産漆のしっとりとした色味。
もう一種の作品は見たこともない表装の仕方。これは書家の作品自体も粋で斬新な歌合せだったので、実験されたとのこと。その二福は経文を綴じるような組紐で綴じられて、現代作家の作品のようで、その素材と色とバランスに唸りました。私が欧米人だったら「Cool!」と両手を広げたと思います。(は無いか)
何代も表具を作られてきたその職人さんは、まだお若いようにというよりお年よりお若く見えました。東京から奈良まで展示のためにお弟子さんといらしていて、言葉少なく仕事をして帰られました。茶室でも展覧会会場でも同じように責任を持って展示までするのが「仕上げる」という事。そして搬出もいらっしゃったのを見て、日本の文化は凄いと思いました。美しい作品の後ろにある美。



掛け軸は小さくしまうことが出来、持ち運びも軽く、厚みも少ないものですが、そのものの持っている奥行きは物凄いと感じ入りました。

2014年9月12日 (金)

やまとうた

人はいさ 心もしらず ふるさとは 
花ぞむかしの 香ににほひける
  ~紀貫之 『古今和歌集』巻1 春上 0042
百人一首の35番歌
『古今和歌集』には、紀貫之による序文、
仮名序」と漢文の「真名序」が書かれています。
『倭歌(やまとうた)は、人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞなれりける。
世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。
花に鳴く鶯、水に住む蛙(かはづ)の声を聞けば、生きとし生きるもの、いづれか歌を詠まざりける。
力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。』
人の心を種として言葉になっている。
のですね。

2014年7月16日 (水)

紙板

10月の展覧会「ほどくかたちよむこころ」古川美術館為三郎記念館特別展の作品制作をしています。

作品の支持体は木目が水の波に見立てられるようなもの、、、と考えた時に、ふと手漉和紙を干す紙板を思い出しました。
漉いた紙を天日に当てて乾かす為に使われる松の板です。
「ぼろぼろで処分しようとしているような板があったら譲ってください」といつもお世話になっている吉野の福西和紙本舗さんに連絡したところ、「宅配便で送りますよー」とお返事をくださいました!
そして無償で超高速で手元にとどけてくださったのです!
本当に本当にありがとうございます!
2100mm×340mmの大きくて重い板でびっくりしましたが「これは軽い方ですよ♪」との事。
こんな長くて重い紙板を何十枚も毎朝軒先から庭へ広げ、漉いた和紙を貼り乾かし、にわか雨には慌てて仕舞うことを昔からずっと続けられていると思うと頭が下がります。
大切なものを作品として使わせていただきます。
一度ゆっくり洗ってみました。
水で洗いながらじっくり見てみると、側面は皮を剥いだままのぎりぎりいっぱいの木の幅が使われていました。
大きくて長い紙板は使い込まれて角が丸く虫が食っているところもありましたが、紙を乾かす部分は節目や亀裂には和紙でそっと上張りされ、そして繰り返し貼っては剝された紙の繊維が木の繊維に浸透して表面はうっすら白くてつやつやととてもきれいでした。
どこまで洗い流せばいいのだろうと考えながら洗っていると、ふと学生時代から耳にタコができるほど聞いた「素材に心を添わせ耳をすますこと」という言葉を思い出しました。
今までその言葉は頭ではわかっていたし、和紙をそっとほどいたり、ご飯粒を一粒一粒見つめていると時々はそのように感じている気がしていたのです。
何十年毎日使い込まれて痛んだ紙板を洗っている今、その言葉は畏敬の念と共に立ち上がってきました。
福西さんが何代にも渡って守られている伝統的手漉和紙。
今まで出来上がった和紙に対して自分がどうにかしてこれを作品にしたいと思っていたのだと思います。
でもそうじゃなかった、私の手が加わることで誰かに何かを思い出してもらえるように、誰かから誰かに橋渡しするように一度時間と場所を作る。そう出来るようになりたい。
なんかこの年になってやっと少しだけ気がつきました。気がついた気がしただけかもですが。コンセプトを気にし過ぎて素直な自分を忘れていたことには気がつきました。
少し嬉しくなって、にやにやと玄関に入ったところ、ニヤけた黒い自分の顔が鏡に映っていました。
ああっ!
日焼け止めクリーム塗るの忘れてましたよおおー。

2014年7月 4日 (金)

紙を巻いたロウソク Memento ignis

昨日ワークショップで和紙を周りに巻いた蠟燭を作りました。

Photo_3

蝋燭の芯が長いままなのでこの写真ではなおさら心配ですが、火を灯したらその後紙に火が付きそうで目が離せません。

以前ガラスケース入りのアロマ蠟燭をつけて目を離したすきに出窓を焦がし、想像力が弱ってるなあと思いました。

この蠟燭は火について想像するには良いかもしれません。たはは。

「火を思う」

メメントという言葉を思い出したので、ラテン語を素人調べしました。

「Memento ignis. 」で良いのかな。

奇麗な水をたくさん使って出来上がる和紙ですが、乾くと火と親和性が高く、あっという間に燃えてしまいます。和紙は丈夫で、そして儚いものですね。

2014年4月30日 (水)

料紙。具象と抽象

国宝「本願寺本三十六人家集」の古筆切のうち、本願寺が元あった摂津石山寺にちなんで名付けた「石山切」平安時代の歌集(伊勢集、貫之集)。

この料紙は単なる装飾では無く石灰岩系山のマチエールからの具象だったのだなぁと、本日山行きしながら気がつきました。角ばって割れる小石が砂子にそっくりです。岩の割れ目、松葉。小さなモミジは落ち葉じゃなく芽が出たところ?(OO)と納得。
もっとリアルな場所が沢山ありましたが、登山中心でヒーハー言っていて、いいかげんな写真ばかり、、、。
平安料紙のこの周辺もう少し探求してみたいです。

2014年4月18日 (金)

「羅」のような紙「羅紙」

「羅」とは(ら、うすもの)と読み、絹織物の一種です。絡み織の一種で織り糸が捩じれたようになっていて、その為薄くても強い透明感のある織物です。中国から渡って来たその技術は一時途絶え、昭和になってから復元されたと言われています。

和紙も水の中で揺すられて繊維が絡んでいるので、解くとまるで羅のようです。
なので、このように解いた和紙を「羅紙」と呼ぶとぴったりだと思うのです。なーんて、どうすか?

2007gg5

2013年11月 2日 (土)

ご協力ありがとうございました。Cloth & Memory{2}

展覧Cloth & Memory{2} イギリス・ヨークシャー州)

日時:2013818日−113

場:世界遺産ソルテア内・Salts Mill 紡織工場跡

ここは後期産業革命時代にソルト氏によって作られた168メートル X 16メートルの紡織工場で、普段はデビッド・ホックニー美術館やレストランを持つ観光施設です。

通常は一般に公開されず、その剥離壁や内部構造がまだ当時の記憶や匂いを保持するスピニングルーム(紡織場)にて、布と記憶に関する展覧を開催しています。

Cloth_memory_2_6057

今回は、ご飯粒30万粒を目標にたくさんの方々に米の糸制作のご協力頂きました。
ワークショップは名古屋ファッション専門学校と名古屋芸術大学にて、学生の皆さん、友人、作家さんその他たくさんの方ご参加いただきました。
協力者のお名前は展示場所の壁に掲示させていただきました。

Salts_mill_278

Salts_mill_279

ご協力者名は以下の通りです。

ご協力ありがとうございました。大切に使わせていただきました。

特に河合昭子さんにはあいちトリエンナーレ共催展示の七ツ寺共同スタジオの頃からずっとお世話になっています。米の糸を何百本と作ってくださいました。ありがとうございます。

Akiko Kawai. Shiho Iwata. Takuya Iwamizu. Ryouta Omori. Erina Kizuka.Shiori Kuzuya. Yuki Kotaki. Ayane Sasaki. Rina Shirai. Genta Tangiku. Tsukasa Noda. Ikumi Hashimoto. Kenta Hosoi. Kousuke Muto. I-ho Lee. Haruna Abuno. Mizuki Imai. Azusa Iwasaki. Riho Shirai. Nanami Kumazawa. Miki Saito. Anri Shimizu. Rina Suzuki. Risa Suzumura. Aoi Sonohara. Kento Tatematsu. Shota Tanaka. Rika Nakaya. Erina Hakamada. Renka Hirano. Takahiro Furuta. Yuya Horio. Takuya Honbe. Saki Mizutani. Miho Mori. Ayana Yamada. Kumiko Yokoyama. Yuna Yokoyama. Tomoyuki Asano. Mikiko Ataka. Ayumi Ishijima. Yuka Inagaki. Rina Inagaki. Shogo Imaeda. Yuna Ogane. Yumi Okita. Kazuha Osawa. Hanae Ogawa. Yuka Obata. Yui Kawashima. Motomi Kawabata. Rino Omuta. Hiromi Koyabu. Ayaka Kondo. Yo Sakamoto. Fuko Sukigara. Ayaka Sugitani. Keiko Sofue. Nao Takarada. Anri Takeuchi. Asami Tsuge. Yuki Nohara. Toshihiko Hanamura. Mai Fukushima. Saeka Matsui. Madoka Mizutani. Tomoko Miyagawa. Ayaka Yamamoto. Chiyuki Wada. Moe watanabe. Yumi Furukawa. Kana Imai. Akane Ono. Hikari Kato. Masataka Takahashi. Kaori Tamura. Magumi Nakasaki. Anna Nonomura. Teru Fudano. Yudai Hoshi. Yukiko Masaki. Sayo Aida. Erika Uchida. Kazusa Sugita. Yuki Kato. Hiromi Yoshida. Yuriko Kunieda. Alex Patterson. Sarah Carden. Masataka Furukawa. Sara Hotta. Masahiro Kato. Yoshitake Fujiki. Kota Kobayashi. Miyako Tayasu. Ayu Ito. Masaka Ito. Ryutaro Imai. Takahiro Suzuki. Hayato Umemura. Makoto Saito.

2カ月間展示するとおそらく百何十年分かの記憶の付いた汚れが積もっていると思います。またこの場で確認したいと思います。

2013年10月24日 (木)

祖父の気持ち

祖父は橋の設計士でしたが、私が物ごころついた頃には他界していました。

母の実家は祖父が作った橋の目の前にありましたので、夏休みなどに泊りに行くと橋の上で景色を眺めたりしました。私が本当に小さい頃、橋の上から蛍を見た微かな記憶があります。夢だったかもしれません。
家に飾ってある祖父の写真は自分で作った鳥籠にいる鶯に餌をあげていたり、猫と一緒だったりして好々爺然としていて、母から聞いた話も毛鉤(けばり)を作って釣りばかりしていたとか、ただ遊んで暮らしているような人だと思っていました。そんな祖父の事を最近ふと思い出しました。
きっかけはあいちトリエンナーレ、長者町エリアのおしゃべりな氷屋「イチベ」さんという、あるおじいちゃんのお話を伝えるパフォーミングアートに参加して、「あなたのおじいさんは何をしてらっしゃいましたか?」と聞かれた事です。それまでは、ほとんど思い出すこともありませんでした。
祖父は定年後、自分で設計をし現場監督もした橋のたもとに住みました。釣りの為と聞いています。
のんびり暮らしていたと思いますが、橋はメンテナンスが必要なものです。毎日その橋を見ながら暮らす事は、渡る人の安全や橋の様子を気に掛けずにはおれなかったと思います。ふと、祖父のもう一つの面を感じられて、会ったことのない祖父の橋に対する気持ちはどうだったのかなと近しく感じるようになりました。
母は結婚して苗字が橋本になり、私は橋本から米山になったんだなと思うと、苗字もなんだか関係あるのかもしれません(って偶然か)。

一言、問いかけをしていただいた事で時折記憶の時間を行ったり来たりしています。




2013年9月10日 (火)

Absence in existence

  I am interested in the "boundaries" of objects including the human body. For example, when we talk about the "outside" of human body, do we mean just the surface? Can you identify the  surface of a human body in anyway? Where is its border?

  In short, maybe there are no boundaries. But I think at the very margin of those boundaries, there exists a power which connects objects together which can be defined as "balance". I have always wanted to visualize this "balance" into some kind of form.

  I feel that the existence of things can be defined by being strongly aware of boundaries and to express it.

Yoriko Yoneyama

2013年5月15日 (水)

米の糊(米糊・飯糊)

2005年、私がご飯粒の作品を作ったころ、ネットで米糊の作り方を検索しても1つもヒットしなかったのですが、最近はものすごくたくさん出てきます。それだけ今、自然に優しい事が生活に重要になってきているのですね。

そしてまた、昔の人の知恵は素晴らしかったということが良くわかります。

当時米糊の作り方は、文献で見ると鍋で良く練ったご飯を一度腐らせるといったような複雑なものしか目に出来ませんでした。それも最初米糊と思ったら麩糊の古糊。今考えるとあまりに簡単すぎて米糊の作り方を文字にする必要もなかったのだと思います。

つくづく目の前にこそ大事なものがあると感じます。

Shofukan1


2012年12月 5日 (水)

Yorikoyoneyama

2012年9月16日 (日)

HPを新しくしました。

HPは以下のページに移りました。

http://yorikoyoneyama.jimdo.com/

2012年4月 8日 (日)

備忘録・ゲーテ 「水上の精の歌」一七七九年

                                                                                                                        人の心は水にも似たるかな。
天より来たりて天に昇り、また下りては地にかえり、
永劫につきぬめぐりかな。

一筋清く光る流れ、高くけわしき絶壁より流れ落ち、
膚(はだ)なめらかなる岩の面(も)に とび散りては美(うる)わしく
雲の波と漂い、軽く抱きとめられては、水煙りに包まれつ
さらさらと波立ちつ 谷間に下る。

きりぎしのそびえ、水の落つるをはばめば、憤り泡立ち
岩かどより岩かどへ踊り 淵へ落つ。
平らなる河床の中せせらぎて、牧場の間なる谷を忍び行く。
やがて鏡なす湖に入れば、なべての星、顔を映し若やぐ。

風こそは波の愛人。  
風こそは水底より 泡立つ波をまぜかえす。

人の心よ、げになれは水に似たるかな!
人の運命よ、げになれは風に似たるかな!


ゲーテ
─ワイマルに入りて(1775年~86年)─
ゲーテ詩集 新潮文庫 高橋健二訳                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
                                       

Gesang der Geister uber den Wassern 
Johann Wolfgang von Goethe
Des Menschen Seele
Gleicht dem Wasser:
Vom Himmel kommt es,
Zum Himmel steigt es,
Und wieder nieder
Zur Erde mus es,
Ewig wechselnd.
Stromt von der hohen,
Steilen Felswand
Der reine Strahl,
Dann staubt er lieblich
In Wolkenwellen
Zum glatten Fels,
Und leicht empfangen,
Wallt er verschleiernd,
Leisrauschend
Zur Tiefe nieder.
Ragen Klippen
Dem Sturz entgegen,
Schaumt er unmutig
Stufenweise
Zum Abgrund.
Im flachen Bette
Schleicht er das Wiesental hin,
Und in dem glatten See
Weiden ihr Antlitz
Alle Gestirne.
Wind ist der Welle
Lieblicher Buhler;
Wind mischt vom Grund aus
Schaumende Wogen.
Seele des Menschen,
Wie gleichst du dem Wasser!
Schicksal des Menschen,
      

Wie gleichst du dem Wind!

      

2012年3月13日 (火)

備忘録・エリアーデ<建設にまつわる儀礼>

エリアーデ著作集13「宗教学と芸術」せりか書房・中村恭子訳P122~P134


「黒の王子」と呼ばれる伝説上の王子が
工匠マノルと9人の仲間達にこの世で最も美しい僧院を彼のために建てるよう依頼する。石工匠たちはその仕事に取り掛かる。ところが工事は一向に捗らず
毎夜壁が崩れ落ちてしまう。ある日工匠マノルは夢を見て
これを仲間達に伝える。ここで、民衆の詩人の述べるところを傾聴する事にしよう。


ーーー親愛なる石工匠たち
親愛なる職人仲間よ、
眠りの中で私は
驚くべき夢をみた。

誰かが空から私に
次のように言うのが聞こえた。
翌くる夜明けの一番に
夫あるいは兄に食事を
持ってきた妻か妹を
おまえたちが
潔く意を決して
壁にぬりこめないかぎり、
築いた物は
その晩に崩れ落ちてしまうだろう。

だからもしおまえが
世にならぶもののない
この聖なる僧院を
完成したいと望むならば、
誓いを立て
契らねばなるまい。
明日の夜明けに
最初にやってくる女を
生贄にして
壁にとじこめるのだ!

夜明けになると
マノルは飛び起きて
廃墟の壁に
攀じ登り、
道をよく眺め
遠くを見わたす。
おお、哀れな匠は
誰の姿を見たのか?
愛する人、アンヌ、
牧場の花!
彼女が近づきつつあった・・・・・・
飲み物と食べ物を
彼の許に運びつつあった・・・・・・

跪き、涙にくれて、
彼は主に祈る。
ーー雨を世界に降らせ給え、
河をあふれさせ
大地を走る奔流に変える雨を。
水かさを増加せしめよ。
わがいとしき人が倦み疲れ
前に進むことのできないように。

慈悲深い神は
彼の願いを聞きとどけ
直ちに波立つ水を
空から流した。
だが、俄かな雨をものともせず
水を、奔流を
妻は横切る・・・
マノルは溜め息をつく。
心は張り裂けんばかり。
涙にくれて十字を切り
そして主に祈る。
ーー風を吹かせたまえ、
樅の木をたわませ
松ノ皮を剥ぎ取り
山をゆるがすほどの
力に満ちた風を!

さてその妻はと言えば、
風をものともせず
おぼつかぬ足取りで
疲れ切ってたどりつく。

他の石工たち、
巧たち、職人仲間は
そこに彼女を見て
一様に安堵する。
マノルは女を抱きよせ
心も千々に抱擁し
そして彼女を腕に
梯子を上る。

ーー何もこわがることはない、
私のいとしい人。
私たちは戯れに
お前をあそこに塗りこめたいのだ!

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2012年3月11日 (日)

たはは

ここは、いつからほったらかしていたんでしょう。

ほんとに、もう、なんか、すいません。

はい、facebookにかまけていまして。
それだけで手一杯でして。
ツイッターもそんなわけでほぼ読みきれず。
ましてやブログの前に座る時間もなく。

もういちどこの春仕切りなおしです。

庭にも芽が出ていますね。

2011年8月21日 (日)

幸せな時間

皆さんそれぞれ幸せな時間をお持ちですよね。

うちの息子その1は夜ベッドの中で靴下をぬぐときが幸せなんだそうで、中学生ごろまではよく嬉しそうに「しあわせーっ」って言っていました。まったくしあわせなヤツです。

息子その2は雨の音。部屋で雨の音を聞いていると心がきゅーっとなるほどしあわせなんだそうで。こちらもお金がかからないのでありがたいヤツです。

そういう私も小さい頃から持っている幸せな時間があります。
それは寝る前にいろいろ考える事。

今は、作りたい作品を細部までありありと思い浮かべる事が一番しあわせ~なときです。
子育てで作品作りの時間が無かった頃は特にいろいろ考えました。

そして嬉しい事に、小さい頃からそうやって思った事はみんな実現しています。

お金もかからず、誰にも迷惑がかからず、嬉しくて幸せな時間。

そのことを考えるのも幸せな時間です。

2011年8月 9日 (火)

夏のおもかげ (三木成夫先生)

夏になるとふと思い出す三木成夫先生。

生物学の授業と保健センターの先生として、学内の学生の心を緩く太くつかんでいた。
その絶大な人気に比べると、ご本人の佇まいはたいへんほっそり地味で静かで、大浦食堂の前を横切る時も気配を消す忍法を使っていた。きっと。

太陽のリズムで生活できる人は毎朝同じ時間に起きられるが、月のリズムに影響を受ける人は毎日少しずつ起きる時間が遅くなって、遅刻をしたり夜に元気になったりするという、私達にたいへん都合の良い学説を使って元気付けてくださるので、「保健室」には相談に乗ってもらう学生が静かに出たり入ったりしていた。

卒業してまもなく、三木先生の講演会を聞くため友人と出かけた。
講演の後、私達何人かの学生に自然塩の話を嬉しそうにしてくださってから、帰途についた。
夏の暑い日だった。

たまたま、新宿駅までご一緒できた私は、電車の中で持っていた作品ファイルを見ていただいた。
本当に未熟な作品ばかりだったのに、三木先生は良い所を指摘して励まして下さった。

新宿駅で三木先生は電車からホームに降りられた。
そして思いがけない事に、込み合った新宿駅のホームに立ち止まって、私の乗った電車を微笑みながらずっと見送ってくださり、向かい合って遠ざかった。

スローモーションのような一瞬、おそらく先生にとって私は何百人の学生の一人なのに。
強く心を打たれ、胸が熱くなった。

それから長い時が過ぎ、時々思い出すそのシーンは私にとって「種が蒔かれ、水をやり、育っていくもの」だった。

おっちょこちょいな自分が色々な人たちに迷惑をかけ、自分について悩み、家庭を持ち、子育てをして、それでも細く制作を続けてきたのは、三木先生のおかげだと思う事がある。

そして、最近ふと思った。

三木先生の研究室=保健室にて、私にしろ学生の顔をみると、遠い祖先の面影が見えるとおちゃめな顔でおっしゃった。

三木先生にとっての祖先とは人だけでなく、草食動物や肉食動物、魚類、はてはアメーバや植物までを言う。

そうなんだ。

三木先生が見送ってくださったのは、私じゃない。私を通して見える遠い祖先、今は存在しないけれど色々なところにまぼろしのように現れる、繰り返し繰り返される生の営み、すべてをつないでいる「おもかげ」だったんだ。原形を持ち、メタモルフォーゼしてきた私。私イコール草食?肉食動物であり、魚類であり、アメーバであり、植物でありそして、三木先生ご自身でもある・・・。

というと、三木先生が科学者なのに限りなく思想、宗教的な感じなのだが、生物学の授業に「老子」だったしなーっ・・・。と、この夏も三木先生の面影を偲ぶのでした。

植物と動物と人。人体に刻まれた生命の歴史。人が人に向かい合うという事。「ゆっくりでいいからこの事をもっと深く考えるんですよ」と三木先生の面影が今も私を励ましてくださるんでした。

2011年7月12日 (火)

夏の雲

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夕方の夏雲。

車で移動中に見つけて大きくて超きれいだったので、慌ててスーパーの屋上駐車場に上った。

駐車して屋上に上がった時にはかなり暗くなってしまっていた。

ざんねん。

雲の中で何度も稲妻が光っていた。

夏山が呼んでいる。

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