備忘録・ゲーテ 「水上の精の歌」一七七九年

                                                                                                                        人の心は水にも似たるかな。
天より来たりて天に昇り、また下りては地にかえり、
永劫につきぬめぐりかな。

一筋清く光る流れ、高くけわしき絶壁より流れ落ち、
膚(はだ)なめらかなる岩の面(も)に とび散りては美(うる)わしく
雲の波と漂い、軽く抱きとめられては、水煙りに包まれつ
さらさらと波立ちつ 谷間に下る。

きりぎしのそびえ、水の落つるをはばめば、憤り泡立ち
岩かどより岩かどへ踊り 淵へ落つ。
平らなる河床の中せせらぎて、牧場の間なる谷を忍び行く。
やがて鏡なす湖に入れば、なべての星、顔を映し若やぐ。

風こそは波の愛人。  
風こそは水底より 泡立つ波をまぜかえす。

人の心よ、げになれは水に似たるかな!
人の運命よ、げになれは風に似たるかな!


ゲーテ
─ワイマルに入りて(1775年~86年)─
ゲーテ詩集 新潮文庫 高橋健二訳
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

Gesang der Geister uber den Wassern 
Johann Wolfgang von Goethe
Des Menschen Seele
Gleicht dem Wasser:
Vom Himmel kommt es,
Zum Himmel steigt es,
Und wieder nieder
Zur Erde mus es,
Ewig wechselnd.
Stromt von der hohen,
Steilen Felswand
Der reine Strahl,
Dann staubt er lieblich
In Wolkenwellen
Zum glatten Fels,
Und leicht empfangen,
Wallt er verschleiernd,
Leisrauschend
Zur Tiefe nieder.
Ragen Klippen
Dem Sturz entgegen,
Schaumt er unmutig
Stufenweise
Zum Abgrund.
Im flachen Bette
Schleicht er das Wiesental hin,
Und in dem glatten See
Weiden ihr Antlitz
Alle Gestirne.
Wind ist der Welle
Lieblicher Buhler;
Wind mischt vom Grund aus
Schaumende Wogen.
Seele des Menschen,
Wie gleichst du dem Wasser!
Schicksal des Menschen,
      

Wie gleichst du dem Wind!

      

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備忘録・エリアーデ

エリアーデ著作集13「宗教学と芸術」せりか書房・中村恭子訳P122~P134


「黒の王子」と呼ばれる伝説上の王子が
工匠マノルと9人の仲間達にこの世で最も美しい僧院を彼のために建てるよう依頼する。石工匠たちはその仕事に取り掛かる。ところが工事は一向に捗らず
毎夜壁が崩れ落ちてしまう。ある日工匠マノルは夢を見て
これを仲間達に伝える。ここで、民衆の詩人の述べるところを傾聴する事にしよう。


ーーー親愛なる石工匠たち
親愛なる職人仲間よ、
眠りの中で私は
驚くべき夢をみた。

誰かが空から私に
次のように言うのが聞こえた。
翌くる夜明けの一番に
夫あるいは兄に食事を
持ってきた妻か妹を
おまえたちが
潔く意を決して
壁にぬりこめないかぎり、
築いた物は
その晩に崩れ落ちてしまうだろう。

だからもしおまえが
世にならぶもののない
この聖なる僧院を
完成したいと望むならば、
誓いを立て
契らねばなるまい。
明日の夜明けに
最初にやってくる女を
生贄にして
壁にとじこめるのだ!

夜明けになると
マノルは飛び起きて
廃墟の壁に
攀じ登り、
道をよく眺め
遠くを見わたす。
おお、哀れな匠は
誰の姿を見たのか?
愛する人、アンヌ、
牧場の花!
彼女が近づきつつあった・・・・・・
飲み物と食べ物を
彼の許に運びつつあった・・・・・・

跪き、涙にくれて、
彼は主に祈る。
ーー雨を世界に降らせ給え、
河をあふれさせ
大地を走る奔流に変える雨を。
水かさを増加せしめよ。
わがいとしき人が倦み疲れ
前に進むことのできないように。

慈悲深い神は
彼の願いを聞きとどけ
直ちに波立つ水を
空から流した。
だが、俄かな雨をものともせず
水を、奔流を
妻は横切る・・・
マノルは溜め息をつく。
心は張り裂けんばかり。
涙にくれて十字を切り
そして主に祈る。
ーー風を吹かせたまえ、
樅の木をたわませ
松ノ皮を剥ぎ取り
山をゆるがすほどの
力に満ちた風を!

さてその妻はと言えば、
風をものともせず
おぼつかぬ足取りで
疲れ切ってたどりつく。

他の石工たち、
巧たち、職人仲間は
そこに彼女を見て
一様に安堵する。
マノルは女を抱きよせ
心も千々に抱擁し
そして彼女を腕に
梯子を上る。

ーー何もこわがることはない、
私のいとしい人。
私たちは戯れに
お前をあそこに塗りこめたいのだ!

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たはは

ここは、いつからほったらかしていたんでしょう。

ほんとに、もう、なんか、すいません。

はい、facebookにかまけていまして。
それだけで手一杯でして。
ツイッターもそんなわけでほぼ読みきれず。
ましてやブログの前に座る時間もなく。

もういちどこの春仕切りなおしです。

庭にも芽が出ていますね。

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Absence in existence

  Absence in existence

  I am intrested in the "boundaries" of objects including the human body.
For example, When we talk about the "outside" of human body, do we mean just the surface? Can you identify the  surface of a human body in anyway?
Where is its border?
  In short, maybe there are no boundaries. But I think at the very margin of those boundaries, there exists a power which connects objects together which can be defined as "balance". I have always wanted to visualize this "balance" into some kind of form.

  I feel that the exitence of things can be defind by being strongly aware of boundries and to express it.

Yoriko Yoneyama

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幸せな時間

皆さんそれぞれ幸せな時間をお持ちですよね。

うちの息子その1は夜ベッドの中で靴下をぬぐときが幸せなんだそうで、中学生ごろまではよく嬉しそうに「しあわせーっ」って言っていました。まったくしあわせなヤツです。

息子その2は雨の音。部屋で雨の音を聞いていると心がきゅーっとなるほどしあわせなんだそうで。こちらもお金がかからないのでありがたいヤツです。

そういう私も小さい頃から持っている幸せな時間があります。
それは寝る前にいろいろ考える事。

今は、作りたい作品を細部までありありと思い浮かべる事が一番しあわせ~なときです。
子育てで作品作りの時間が無かった頃は特にいろいろ考えました。

そして嬉しい事に、小さい頃からそうやって思った事はみんな実現しています。

お金もかからず、誰にも迷惑がかからず、嬉しくて幸せな時間。

そのことを考えるのも幸せな時間です。

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夏のおもかげ (三木成夫先生)

夏になるとふと思い出す三木成夫先生。

生物学の授業と保健センターの先生として、学内の学生の心を緩く太くつかんでいた。
その絶大な人気に比べると、ご本人の佇まいはたいへんほっそり地味で静かで、大浦食堂の前を横切る時も気配を消す忍法を使っていた。きっと。

太陽のリズムで生活できる人は毎朝同じ時間に起きられるが、月のリズムに影響を受ける人は毎日少しずつ起きる時間が遅くなって、遅刻をしたり夜に元気になったりするという、私達にたいへん都合の良い学説を使って元気付けてくださるので、「保健室」には相談に乗ってもらう学生が静かに出たり入ったりしていた。

卒業してまもなく、三木先生の講演会を聞くため友人と出かけた。
講演の後、私達何人かの学生に自然塩の話を嬉しそうにしてくださってから、帰途についた。
夏の暑い日だった。

たまたま、新宿駅までご一緒できた私は、電車の中で持っていた作品ファイルを見ていただいた。
本当に未熟な作品ばかりだったのに、三木先生は良い所を指摘して励まして下さった。

新宿駅で三木先生は電車からホームに降りられた。
そして思いがけない事に、込み合った新宿駅のホームに立ち止まって、私の乗った電車を微笑みながらずっと見送ってくださり、向かい合って遠ざかった。

スローモーションのような一瞬、おそらく先生にとって私は何百人何千人の学生の一人なのに。
強く心を打たれ、胸が熱くなった。

それから長い時が過ぎ、時々思い出すそのシーンは私にとって「種が蒔かれ、水をやり、育っていくもの」だった。

おっちょこちょいな自分が色々な人たちに迷惑をかけ、自分について悩み、家庭を持ち、子育てをして、それでも細く制作を続けてきたのは、三木先生のおかげだと思う事がある。

そして、最近ふと思った。

三木先生の研究室=保健室にて、私にしろ学生の顔をみると、遠い祖先の面影が見えるとおちゃめな顔でおっしゃった。

三木先生にとっての祖先とは人だけでなく、草食動物や肉食動物、魚類、はてはアメーバや植物までを言う。

そうなんだ。

三木先生が見送ってくださったのは、私じゃない。私を通して見える遠い祖先、今は存在しないけれど色々なところにまぼろしのように現れる、繰り返し繰り返される生の営み、すべてをつないでいる「おもかげ」だったんだ。原形を持ち、メタモルフォーゼしてきた私。私イコール草食?肉食動物であり、魚類であり、アメーバであり、植物でありそして、三木先生ご自身でもある・・・。

というと、三木先生が科学者なのに限りなく思想、宗教的な感じなのだが、生物学の授業に「老子」だったしなーっとこの夏も三木先生の面影を偲ぶのでした。

植物と動物と人。人体に刻まれた生命の歴史。人が人に向かい合うという事。「ゆっくりでいいからこの事をもっと深く考えるんですよ」と三木先生の面影が今も私を励ましてくださるんでした。

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夏の雲

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夕方の夏雲。

車で移動中に見つけて大きくて超きれいだったので、慌ててスーパーの屋上駐車場に上った。

駐車して屋上に上がった時にはかなり暗くなってしまっていた。

ざんねん。

雲の中で何度も稲妻が光っていた。

夏山が呼んでいる。

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DEMEL

DEMELは美しいですね。

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食べちゃえばなくなるものがなぜ美しいか?

ただお茶をいれて飲むことや、

一瞬の花の命をめでるのと一緒ですかね。

だからデメル、であるわけないデアル。

こなつはおこぼれに預かろうと、テーブルの下にスワル。

ごめん、アゲルわけないデアル。

ガサツな毎日に舞い降りた、うたかたの美は写真に残すにカギル。

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手提げ袋も台形でハンドバックみたいなので、写真をとっとくデアル。

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げえてさんのいうとおり

ある日、とりたての長い茎のにんにくの束を買って、吊るして干しておりました。

その中の一本には茎の先に芽のようなものが付いておりました。

買った時は緑色の小さな芽でありました。

ところが、何日かして・・・・。

ふと見ると、あらあら不思議、芽だとおもっていたものはにんにくだったのです。

にんにくの茎の上にまたまたにんにくが。

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得しちゃった。

今日はペペロンチーノを食べましょう。

・・・・・・・・・・。

じゃなくて、にんにくは土中の根っこのはず。
最初は芽だったし。
(だったのか?よく見てなかった?緑色は覚えてるけど)
でも、ご安心を。
ここで思い出したのは、ゲーテの「貫性の薔薇」の図。
もちろん、三木先生の本でして。
植物のメタモルフォーゼ。

植物の成長点で、何かが起こった。
成長して芽になるか花を咲かせるかしようとしていたにんにくは、
急に薄暗い風通しのよいところに置かれて方向を転換したのですね。

げに植物とは、じっとしているように見えてダイナミックに生過程を営んでいるのでした。

そういうわけで、今日はペペロンチーノをたべましょう。

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夏の空

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気がつくと空には夏の雲。

見上げると高く、高く・・・首いってーっ。

薄い紙を自立させる事はじつは難しい。

風にそよぐ薄紙のはかなさと自重の関係。

薄くてはかなく見えるものも意外とそれ自体重いのですね。

銅の網を自立させた作品の時も同じ。

ぎりぎり安定させる高さで作ったけど、寒天みたいにふらふらしていた。

重力に抗って立つ。

皮膚1枚で立つって難しいですね。

そりゃそうだ。

でもそれが好き。

一歩一歩進んでいこう。

上を向いてるうちに前向きな気持ちになるんでした。

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